理不尽の国のアリス

世界は歪んでいる。私の認識が歪んでいる。どちらでしょうか。

根本的問題解決思考ができるようになる方法 その2

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今回の記事はこちらの続きになります。

 

lulufoy.hatenablog.com

 

読んでいただいていない方は、こちらを先にご一読ください。

 

以前の記事をまとめると

固定観念に囚われず、根本的な問題解決を目指しましょう」

この一言に尽きます。

 

その具体例として、ニュースに取り上げられていた

「制服のお金が払えなくて学校に行けない問題」

「保育園に落ちたので日本死ね!」というブログの反応

を挙げました。

 

それでは、具体的にどうすれば固定観念を外せるのでしょうか?

参考に、「問題の定義」についてトヨタの問題解決という本で

問題とは「あるべき姿」と「現状」のギャップ(p34)

 と紹介されています。

トヨタの問題解決

トヨタの問題解決

 

 

制服問題の例を考えると

「あるべき姿」:貧富の差に関係のなく平等に教育が受けられる。

「現状」:貧困が原因で教育を受けられない人が出てきてしまった。

となりますね。

 

問題が明確になったら

 

・目的、手段、条件、原因を明確に分け

 その上で物事の枠組みを一番シンプルに考えること。

 

これをまずは実践してみてください。

 

例えば、「制服が買えなくて学校に行けない問題」で現状を分析してみましょう。

 

目的:子供を学校に行かせ、勉強させること。

目的達成の条件:制服費用(高額)

達成手段:金銭を得て制服を買う。

未達成原因:お金がない。

 

という現状になってますね。

こうやってシンプルにカテゴリー分けしていくと、

問題の歪さに気がつきやすくなりませんか?

 

ここで「お金がないから制服が買えない」などと考えてしまうと

目的:制服を買うこと

原因:お金がない。

と、ポイントがぶれてしまいます。

 

あくまでも、ここでの最終目標は

「学校に行かせること」なのです。

ここをずらすことなく、条件、原因、手段を疑ってかかればいいわけです。

本当に条件は必要なのか?手段は適切か?という風に。

 

お金がなくても、学校に行けるようにしよう。と考えるのであれば

私だと、制服の条件を取っ払ってもいいんじゃないか?と考え付きます。

なぜならば、あるべき姿は「貧富の差関係なく教育を受けること」

お金が絡む条件を排除すればいいと考えるからです。

制服なんて着なくても勉強はできます。

現に少数ですが中高でも私服校はあります。それどころか小学校はほぼ私服です。

服なんて日本人だれでも持ってます。裸で歩いたら警察に捕まります(笑)

 

もちろん、自治体が資金を出すという手段も現実にはとられています。

 

福岡県古賀市は2007年度から、中学、高校の卒業生に制服を無償提供してもらい、買うお金がない生徒に回す「制服リユース」の取り組みを続ける。毎年100人前後が制服を残し、すぐなくなってしまう。「小さくなった」と2、3年生がもらいに来る場合も多いが、新入生も30人前後が利用する。

 同県嘉麻市では、小学校で行う単元テストや、年間約4千円かかる中学校の学力分析テストを11年度から全額公費で行っている。部活のユニホームや中学の体育で使う柔道着なども学校が購入して、貸与する。

 

それでも

目的:子供を学校に行かせること

原因:高額な制服が負担になっている。

この枠組みで考えるのであれば、この負担は必要な負担なのか?

と考えるのが私の思考の道筋です。

なぜなら資金は有限ですし、記事からもすべての人が受益しているようには読めないからです。

 

あくまでも「あるべき姿」は貧富の差に関係のなく平等に教育が受けられる。

これに近づけなければならないのです。 

 

 

また、保育の問題でもブログの筆者様の状況は

目的:仕事をしている間、子供を見てもらうこと

条件:子供を見てもらえる環境

手段:保育園に入れること

原因:保育園に落ちたこと

 

と、なるのですが、

「あるべき姿」(目的):仕事をしている間子供を見てもらうこと。

 

「保育園に入れること」を目的にしてしまってはだめなのです。

 おときた氏が提唱する方法でも目的は達成できますよね。

 

あくまでも、「目的」は「目的」、「手段」は「手段」です。

先入観に囚われすぎると、手段が狭まります。また手段が目的化します。

柔軟な思考で、旧態依然の理不尽なルールを無くしていきたいですね。

そしたらたぶん少しは生きやすい世の中になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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