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理不尽の国のアリス

世界は歪んでいる。私の認識が歪んでいる。どちらでしょうか。

無関係の第三者の無意味な感情

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news.livedoor.com

 

アッコにおまかせ!」では、新橋にいた男女100人に「ショーンKの経歴詐称は許せる?許せない?」というテーマでアンケートを行ったところ、「許せる」と回答した人が72人で、「許せない」は28人にとどまった。 

 母体数が少ないのでなんとも言いようがないのですが、

無関係の第三者の感情

この「許せない人」というのがよく理解できなかったのです。

例えば、ショーン氏から何か実害を被ったなら

「許せない」という感情は理解できます。

この新橋のアンケートでは恐らくそういった人はいないでしょう(推測ですが)

政治の世界で汚職があってゆるせないとかそういった類の話ではないのです。

政治であれば選挙や行政による実益という形で何かしら関わりが出てきているので、

「許せない」OKでしょう。

今回の件はたかがテレビのコメンテーターが経歴詐称してただけ。

彼の起用に関してまったく関係の無い、

番組をあくまで「消費」していただけの第三者。

利害関係の蚊帳の外にいる人。

そういう人が、なぜ「許せない」という強い感情を持つのか。

 

「世間」という無空間

spotlight-media.jp

 

例えばベッキーと某ゲスの不倫話でもそう。

結局利害関係はゲスと奥さんとベッキー。突き詰めればこの3人だけ。

周りが許せないと叫ぶ。何を許すのか。

無関係の第三者に許されたところで何が変わるのか。

「誰に謝ればいいの」っていう川谷氏の発言は非常に的を得ていて。

「世間」というものの空虚さをよく分かっている。

「世間が許さない」は「私の感情が許さない」と同義だから。

主語を「私」にしたくないだけ。

 

怒りは二次感情

アドラー心理学などでは

「許せない」などの怒りは二次感情と言われており

その奥底には悲しいとか

自分をもっと大事にして欲しいなどの感情が奥底にあります。

無関係の第三者の「許せない」は

当事者への嫉妬、自分の不安、そういったものに満ちてるんだと思います。

そんなエネルギー使うだけ無駄なのにね。

 

 

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