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理不尽の国のアリス

世界は歪んでいる。私の認識が歪んでいる。どちらでしょうか。

謝罪とやさしさを盾にした世間感情。

社会 心理・思考
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bylines.news.yahoo.co.jp

 

これはいい記事ですね。

話の趣旨には賛同します。が、細かい部分がなんか納得できない文章です。

 

これこそが、 “一発レッド社会”の最大の特徴です。そこでは、感情や情緒ばかりが優先されます。とくに目立つのは、被害者への「やさしさ」です。それは、重大事件に対する反応で必ず見受けられます。加害者の人権を少しでも考えようとすると、必ず飛んでくる紋切り型の言葉があります。

「自分の子どもが殺されても、そんなことが言えるのか!」

 というように、殺人などの重大犯罪を例としてあげた後に、

「やさしさ」は、日本社会において暴力的な言動を正当化する大義にもなります。ネットで起きる炎上事件も、その根底には渦巻くのが「やさしさ」であるケースは珍しくありません。

たとえばこうしたケースがありました。

瑕疵のある言動をしたAさんに対し、激怒したBさんが本人に直接強い批判を投げつけました。その対立は、Bさんと仲の良いCさんの参戦によって炎が大きくなり、さらにAさんをかねてから敵視する多くの第三者によって炎上状態に突入しました。

 発言ミスというとてもささいな例を持ってくるという・・・

確かに炎上の例としては最適なのですが、加害者の人権とひとくくりにするのが疑問点です。連続殺人犯と軽微なミスでは度合いが違いすぎます。刑事罰があるという刑法的観点は抜きにして。

 

炎上案件と犯罪は分けるべき

ショーンKみたいな被害者がいない問題、軽微な問題発言などの炎上案件

不倫など当事者間で民法的に解決されるべき問題。

重大事件のような犯罪案件

どちらも同列に論じるのはちょっとズレてるかなと。

 

某監禁事件について、

「犯人って人生終わったよねー」「終わったんじゃなくて自分で終わらせたんだよ」

と知人と話したことがあります。

意図しないミスと計画的犯罪。同じですかね?

 

犯罪を叩くのは、日常の安全確認行為

友人と飲みに行くとよく世間の犯罪って怖いよなって話をします。

この間は予備校生殺人事件の話でした。

そういう会話は結局日常の安全確認なのかもしれません。

自分の関わる人たちに被害が及んでほしくない。だから犯罪者に恐怖する。

そして、犯罪者を叩くことはその犯罪者との距離を確認すること。

今ある日常を確認することです。

 

確かに私は問題発言、誰かが気に入らない発言をするかもしれません。

それでも私は自分の子供を殺されたくはありません。殺したくもありません。

 

ありもしない世間と謝罪

記事の話に戻ると、世間なんてものはやはりあやふやなものなのです。

このとき毎度気になるのは、いったい誰に対して何を謝っているのだろうか、ということです。彼らに本気で怒っているひとよりも、ゴシップを楽しんでいるひとが大多数なのでなおさらそう思います。

 世間の被害者意識など、個々のねたみや、当人が気に入らないという感情をクローズアップしただけのものですから。

炎上するほど、他の人にやつあたりをしなければいけないほど。

人間は不満が溜まってるんだろうなぁ。

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