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理不尽の国のアリス

世界は歪んでいる。私の認識が歪んでいる。どちらでしょうか。

モンスタークレーマーがなぜ生まれるのかの一考察・恥の文化の機能停止

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店舗を疲弊させるモンスタークレーマー

クレームは改善すべき点を指摘していただいている、「宝の山」だ。

そんな夢物語は現実をおいてきぼりにしています。

 

先日のお話し。

とあるお客様が「一日着てお仕事して、洗濯までしたお洋服」を、気に入らないと交換をご要望しにいらっしゃいました。

まず前提として交換不可能な状態なのですが、洋服にはさらに汚れもついています。

この時点で青筋がぴきっと。

丁重にお断りをしたところ、「ほかの店で、レシートがあれば交換できると聞いた」と交換を要求してきます。

どのお店でそのような案内をしたのか尋ねても頑なに答えようとしません。

さらにこめかみがぴきぴきっと。

いくらお断りしても、「他店(謎)ができると言った」と繰り返し、尊大な態度で

「申し訳ございませんがじゃないんだよ、こっちは困ってんだよ、あんたじゃ話にならないから店長を呼べ」というテンプレをいただきました。

こめかみから音が鳴ってないか心配になりました。

店長が対応しても話がまとまらず。エリマネさんとの相談の末、新品商品との交換を認めることになりました。

 

「スカッとジャパン」から見るずうずうしさの存在認識

悲しいかな、このような「お客様」の立場を利用したモンスタークレームは存在します。本来は極端な上下関係などは存在しないのですが(むしろ対等だと考えていますが)従業員は強く言い返せないのが現実です。

 

最近は「スカッとジャパン」という番組が放映されています。

ずうずうしいクレーマーや、イヤミな上司が大どんでん返しをくらう内容です。

こういう内容は、古くから2chの復讐スレ、鬼女板、などのアングラ文化でした。

隣人注意報 : 停電中、近所の奥さんが鍋を持ってきて「停電してコンロ使えないの!これ後1時間煮て!」

毒は薄められていますが、そのエピソードが民放で放映されるほどに、

この「ずうずうしい人間」は存在が認識されはじめています。

 

恥の文化」と「罪の文化

菊と刀 (光文社古典新訳文庫)

菊と刀 (光文社古典新訳文庫)

 

 

菊と刀 (まんがで読破)

菊と刀 (まんがで読破)

 

 

ルース・ベネディクト女史の「菊と刀」では

日本は「恥の文化」とカテゴライズされています。

blogos.com

西洋の社会は罪の文化である。つまり、人間は、自分たちの行為は常に神が見ていると思い、倫理的に正しい行いをしようと務める、と。だから、誰かに悪行が知られることがなくても、人間は罪悪感を感じる、と。一方、日本人は、誰かに自分の悪行が知られたら、非常に恥ずかしさを感じ、その結果、死さえ厭わない。しかし、仮に他人に自分がやっていることがばれなければ、自分のやったことを悪いとは感じない。これがルース・ベネディクトの言う「恥の文化」なのです。

他人に悪行が知れ渡り、その余りの恥ずかしさのために死さえ厭わない、と。

いいでしょうか、これが学問的な意味での日本の「恥の文化」が意味するものであるのです。

西洋では絶対的な一神教の教義がありますが

日本ではそのような確固たる倫理感みたいなものはないということです。

 

日本人は「世間」というふにゃふにゃしたものの中で生きています。

「世間様に顔向けできない」という言葉がありますが、

西洋ではこの世間は「神様」です。さて、日本ではだれでしょうか?

 

人口流動による世間の希薄化→恥の機能停止

某ゲスベッキー事件で、川谷絵音氏は言いました。

「すごいネットとかでみんな謝れって言うけど世間の誰に謝ればいいの?内輪での話だからみんな関係ないじゃん」

この発言でゲスがどうのこうのより、

 

僕は皆様に考えてもらいたい。

「世間」ってなんですか?

 

昔の時代は人の移動がほとんどない時代だったのでしょう。

村八分」という言葉がありました。悪いことをしたら総スカンくらいました。

人の移動のない閉鎖的な空間で、個人と個人のつながりが濃厚でないと生きていけなかった時代だからこそ、「世間の目」という倫理基準が存在しえたのです。

 

さて、今の時代はどうでしょうか。

とりあえずレジに商品を持って行けば、一言もしゃべらずお買い物できる世の中です。

常連にもならない限り、店員さんとお客様は一期一会。

終身雇用が崩れ、転職機会が増える(環境を変えられる)時代です。

SNSでの炎上したとして、リアルで誰かがぶん殴りに来ることはないでしょう。

この流動化している世界で誰に対して「恥」を感じるのでしょう。

 

僕はこの世間の希薄化によって、倫理基準が完全に個人ベースになったと考えています。

倫理観が高い人もいるし、低い人もいる。あたり前の話だけど、昔は「世間」に背を向けると生きていけなかった。その抑止力がなくなった状態。

だからずうずうしい人間が増えているように思えるのかもしれません。

 

「旅の恥は掻き捨て」の状態です。

【解説】旅先には周囲に知り合いがいないので、日ごろはしないような恥ずかしいことでも平気でやってしまうということ。

『旅の恥は掻き捨て(たびのはじはかきすて)』の意味と定義(全文) - 辞書辞典無料検索JLogos

お店は星の数ほどある。だから一つのお店にクレームをつけて嫌われたとしてもお店を変えれば気まずい思いはしない。だからいちゃもんつけて得をしたい。

 

これがモンスタークレーマーが生まれる理由なのかなと。

と、クレームを思い返しながらイライラして考えましたとさ。おしまい。

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