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理不尽の国のアリス

世界は歪んでいる。私の認識が歪んでいる。どちらでしょうか。

高畑裕太強姦事件の反応を見てると、つくづく日本人は感情論が大好きだなと思う。

社会
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www.huffingtonpost.jp

 

高畑裕太強姦事件への反応

示談成立したことで「黒い」お金の力云々・・・

性犯罪を罰することもできないのか云々・・・

 

 

 

 

 

日本人てほんとにお金の力って嫌いですね。

 

お金の力ってそんなに汚いものですかね?

 

事件についての確実な事実

まず整理しましょう。私たちがわかる部分で

高畑裕太強姦嫌疑事件の確定的な事実はただ一つ。

 

「容疑者と被害者の示談が成立した」

 

この1点のみになります。

 

高畑裕太が凶悪犯罪者だとか

ニートラップだったとか、

お金にものを言わせて無理矢理示談にとか

 

そういったものはすべて推測です。

 

仮説の域を出ない噂でしかありません。

真の事実は当事者しか分かりません。

それでも騒ぎ立てる外野のバカ。

 

お金の力ってそんなに汚いものか

 

さて、お金の力ってそんなに黒いのでしょうか?

 

僕はお金の力ほどニュートラルなものはないと思っています。

 

「感情」という揺れ動くものよりもよっぽど誠実です。

感情はそもそも目に見えず信用になりません。

 

むしろ被害者に与える影響としては、お金が最も資するものではないでしょうか。

 

容疑者が刑務所に入るという状態が、

被害者の生活に何か資することってなんでしょう。

 

仮に一般人であれば、

危険人物が自分の周りからいなくなるという安心感はありますが、

今回の場合は芸能人。

再犯の矢が被害者に飛ぶことはほぼありえない。

 

被害者感情のための厳罰よりも

お金もらったほうがぶっちゃけ嬉しくないですか?

 

犯罪を擁護するわけではないですけど、

正義でお腹は膨れません。

 

謝罪なんて形だけでもできますし、謝罪なんかされても、

過去の事実は変わらないし、謝罪されたところで利益にも何にもなりません。

 

お金は誠実なものである

 

読み返してみるとすごいクレーマー理論みたいになってますけど

感情、正義を主張するよりも、お金の方がよっぽど誠実です。

 

例えば、僕が前の会社の社長から

「休日に無休で熊本に行かせて申し訳ない」

「形ばっかりのみなし残業だった。対価を払わず申し訳ない」

とか言われても

「さっさと未払い分の給料払え、この醜悪な脂肪の塊が」としか思いません。

 

僕は女の子に間違えられて、

酔っぱらいに抱き着かれて不快に思ったことがありますが

「ごめん」と言われてもどうでもよかった。何も変わらなかった。

 

クレーム対応してて

「謝りなさいよ!」ってまくしたてる人に

何度も「申し訳ございません」って言ったけど、僕の言葉で

時間を消費した以外に、トラブルの現状でなにか変わったことがあるのかな。

 

 

お金の力で被害をねじ伏せて汚いとかいう人もいますけど

正義()は被害者の生活軸に影響を及ぼすことは、あまりないと思うのです。

感情論では被害者に資することはできません。

もし仮に被害者が心療内科に通うことになっても

謝罪で病院には通えません。お金がいります。

 

だからこそ、目に見える形で利益になるお金を渡すことが

正直、被害者にとって一番誠実な形に思えるのです。

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